瞑想を続けていると、ふと時間の感覚が消える瞬間があります。
今どれくらい経ったのか分からなくなるほど、意識が静かに沈んでいく感覚です。
座禅の達人が「無我の境地」と呼ぶ状態や、スポーツ選手が語る「ゾーン」に近いものかもしれません。
この静けさは、一時的にリラックスするためのものではありません。
日々の不安や焦りに振り回されなくなる、ゆるぎない幸福感の土台になっていくものです。
私は瞑想の専門家ではありませんが、今日は自分自身の実践を通して感じてきたことをお話しします。
「ハートの空間」に入るための入り口
無我の境地、いわば「ハートの空間」に入るためのアプローチはいくつかあります。
・高次元へと導いてくれるスピリチュアルマスターに指導を仰ぐこと。
・波動の高いパワースポットを訪れたり、天から降ろされたような音楽や芸術に触れること。
・ヨガや瞑想を実践すること。
ここで大切なのは、単なる運動やエクササイズとして捉えないことです。
本来の目的と哲学を理解した指導者のもとで取り組んでこそ、意識は深まっていきます。
瞑想を始めたばかりの方からよく聞くのが、
「じっとしていられない」
「次から次へと雑念が浮かんできて集中できない」というお悩みです。
実はこれは、瞑想がうまくいっていない証拠ではありません。
雑念が浮かんだら、その内容を追いかけて深堀りするのではなく、「あ、今こんなことを考えていたな」と、それに気づいている自分をそっと眺めてみてください。
浮かんだらそこで終わり、また意識を戻す。ただそれだけの繰り返しでいいのです。
うまく座っていられなくても、雑念だらけでも、気にしすぎないこと。
私の場合は、朝はどうしても集中できないので、夕方一回のみ行っています。
なぜか心がざわついて入り込めない日もありますが、自分を責めることはしません。
それ自体が、すでに「ハートの空間」に近づくための大切な練習になっているからです。
そしてこの練習の積み重ねこそが、次にお話しする「揺るぎなさ」につながっていきます。
静けさが教えてくれること
瞑想やヨガを続けていくと、物事を大局的に、俯瞰して見られるようになっていきます。
目の前の不安やイライラに振り回されず、状況の本質を静かに捉える感覚です。
日々ニュースで目にする経済や自然災害、社会の不安定さに心がざわつくときも、この内なる視点があれば、動揺を最小限に抑えられるようになります。
無我の境地に近づくということは、真我=アートマンに戻るということ。
それは玉ねぎの皮を一枚ずつ剥いでいくように、思い込みや恐れ、執着を少しずつ手放していく作業でもあります。
インド占星術でケートゥは、執着を手放す力を象徴する惑星とされています。
玉ねぎの皮を剥ぐように思い込みや恐れを手放していく感覚は、まさにこのケートゥの働きに近いものです。
瞑想は、誰の中にもあるこの手放す力に、意識的にアクセスする実践と言えるのかもしれません。
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